印鑑白書
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印鑑の歴史

1.古代メソポタミアが発祥の地

印鑑の歴史をさかのぼると、今から5000年以上前の古代メソポタミアが発祥の地とされています。古代メソポタミアで使われていた印鑑は、円筒形の外周部分に絵や文字を刻み、これを粘土板の上に転がして押印するというものでした。当時は壺などの抜き荷防止の封印や、魔よけのお守りとして用いられていたようです。印鑑を持っていたのは有力者たちで、石や宝石の素材を使って作られていました。それぞれが、各々独自の印鑑に紐を通して、それを首に掛け、必要に応じて印鑑を使用していたと伝えられています。
古代メソポタミアで生まれた印鑑は、東は中国を経て日本へ伝わり、西はギリシャからエジプト、そしてローマを経て世界各地に広まり影響を与えました。しかし、欧州各国で影響を与えた印鑑は、今ではを押すという制度も習慣もほとんど残されていません。

2.日本における最古の印鑑
日本で現在する最古の印鑑は、天明4年(1784年)筑前国糟屋郡志賀島(現在の福岡県福岡市東区志賀島)で発見された国宝に指定されている「漢倭奴国王」と刻まれた金印です。日本で印鑑自体、いつ頃から使われるようになったかそれを裏付ける確かな資料がないため、現在ではこの「漢倭奴国王」と刻まれた金印が最古の印鑑となっています。この印鑑は、後漢の光武帝が中元2年(57年)に日本の『倭奴国』に金印を授けたという記録が『後漢書』にありますが、まさにその印であると言われているのです。
印鑑が日本に伝えられたのは、中国の官印(役所で使用される印)の制度が整備された奈良時代、大宝元年(701年)律令制が整ってからだといわれています。まだ当時は、政府や地方の支配者の公の印として使われていたため、律令に定めるところの公印のみ、原則的に私印の製造、使用は禁止されていました。平安時代・鎌倉時代に入り、貴族にも私印の使用が認められるようになり、当時の藤原氏の私印(家印)が多数現存しています。当時の一般庶民は、離婚届けや売買証文などは、氏名を自署すればよく、文字の書けない者は人差し指を用いて点をうつ画指という方法が用いられていました。このころから、個人の印として印鑑を押す習慣が定着したようです。
3.花押の始まり
平安時代中期から末期にかけて、官印がほとんど使われない時代がありました。それに代わって公家、領主、武将などが用いた花押(かおう)が広く使われ、一般庶民はなお拇印、爪印などを文書に押していたとされています。
そして時も戦国時代に移り、戦国武将は花押と併用して私印を盛んに用いるようになりました。印文にもそれぞれ趣向をこらし、織田信長の「天下布武」の印、上杉謙信の「地帝妙」の印、豊臣秀吉の「豊臣」の印、徳川家康の「福徳」の印など権力と威厳を表した印鑑が残されています。
4.今日の印鑑制度へ
明治6年(1873年)10月1日の太政官布告で、署名のほかに実印を捺印する法律制度が制定されました。この法律により、公の印はすべて管理・使用されることとなるのです。10月1日に印鑑が正式に市民権を得たという記念として、『印章の日』となったのです。 ちなみに、欧米諸国では今日、印鑑を押す習慣はありません。他の国々も、中国などごく一部の例外を除き、印鑑の習慣・制度はないようです。そこで、日本に住む外国人が不動産を所有したりする場合には印鑑証明に代わってサイン証明の制度がとられています。

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最終更新日:2017/1/25

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